是乃綾乃記

これ すなわち あやのしるし

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合戦の地・関ヶ原に行って参りました。 

2012/07/03
Tue. 01:03

毎回思うんですが、日記の枕詞が浮かびません。
えーっと、はい。先日朝起きて思い立ったので、ずっと行ってみたかった関ヶ原へと行ってみましたよー。
天気は、曇天+ときどき雨+晴れ間も覗く=非常に蒸し暑い、とあまり素敵な感じでは無かったのですが、ざーざー振りにもならなかったので良しとします。
行ってきて日の浅いうちに適度に行ってきたよレポートみたいのを書きたいと思います。
画像も掲載しつつ、追記にて。




私の住んでいるとこからは、一回乗り換えて確か1時間程です。電車の中ではぼけーっと景色を眺めていました。電車からの景色って好き。特に初めての土地に行く時なんかは余計に楽しいです。
そんなこんなで着きました、関ヶ原!
あ、駅の写真無いや。白い木造りのちいさな駅でしたよー。

まずは駅前の観光案内所に行って地図を貰いました。案内所のおじさんがやたらフレンドリーで楽しかったです。履いてきた靴を褒められたり♪
武将家紋スタンプみたいのがあって
「ファンの武将さんだけ押していけばいいよ、三成さんとか」っておじさんが言うもんだから思わず私も「三成さん押してきます」とか答えちゃった。三成さんって言うんだねえ、新鮮。
となりに竹中の子・重門さんのもあったので押しました。大谷さん押してこなかったのが心残り。

地図に載ってる推奨ルートを参考に、ある程度は絞って歩き出しました。
それにしてもありとあらゆるところに家紋つきの旗がたっててテンションあがりまくりでしたー。流石古戦場・関ヶ原です。
まず最初に訪れたのが「徳川家康・最後の陣地」ってとこでした。床几場?です。最初の陣地・桃配山には行けませんでした…。
最後の陣地では、首実検をしたみたいですね。なのでそんな雰囲気の台?みたいのありましたがなんか人がうろうろしてたので写真は撮れませんでした…。ここから金吾さんに発砲してって命令したとかしないとか。

家康最後の陣 床几場らしいです。


なんかあと、歴史資料館みたいなとこの駐車場にこんな建物あった。

こんなのもあった。


どうやらレンタルサイクル置き場みたい。大谷さんかっこいいよね。

次は竹中の子・重門さんと黒田長政、官ちゃんの子が陣を敷いたとこへ。
「岡山烽火場」への道からやや山登りルートです。まず歴史資料館みたいなとこから山への入り口までが遠い遠い。更に普通の民家の間を坂道でうねうね登って、これ正しい道なの?って思っていたら看板があって、おもむろに山道になります。
ってか竹藪です。

竹中の子への道のり。

一デジのお陰で明るく思えますが結構鬱蒼としていて曇り空も手伝い薄暗かったです。割と坂道だし。さすがはんべの子、稲葉山城もすごい坂だけどここも凄いぜ…!と思いつつ歩きますと、

竹中・黒田、陣跡。

いつのまにか到着ー!
重門さんは関ヶ原の領主でもあったんですね。ここから狼煙をあげたようです。今は建物とか立ってごちゃごちゃしてますが、当時は合戦場を一望できたのでしょうか。
感慨にふけりつつ、次の目的地へ。

山道。 せせらぎを超えてって。
雨のしずく。

ちょっとした山道を下る。せせらぎが流れていて涼しげでした。途中、小栗毛池(池がいくつかあるので定かではない)をぐるりと回ります。湿地帯みたいになってて、道端におたまじゃくしとか沢山いました。草についていた雨かな、綺麗だったので一枚。
次の目的地に行く手前にコンビニがあったの少し休憩し、またてくてく。

「決戦の地」につきました。

関ヶ原・決戦の地。

この写真、良い感じに当日のこの時間の空模様を表してる。そろそろ晴れてくるんですけどね。
敗色濃くなった西軍大将・三成の首を取ろうとここが激戦地になったらしいです。

看板1

頑強に最後まで戦ったんだね…ほろり。
次はとうとう、笹尾山。石田三成の陣地です。手前にお土産屋さん的なとこがあって、私そこで「大一大万大石Tシャツ」を購入してきました。私の戦闘服になりますのであしからず。
黒と水色があったんですが黒を買いました。水色もいいな。あと大谷さんのも欲しかったな。私どんだけ大谷さん好きなんだろう。やぎのミルクアイスってのが名物らしいのですが今回は頂きませんでした。次回の楽しみにとっておこう。

三成さんの陣の前には、島左近と蒲生郷舎の陣地がありました。三成を護ってたみたいな感じです。左近には絶対の信頼をおいていたみたいだし、納得です。左近はとても勇猛な武将だったようで、かっこいいなと思っております。男気を感じるよね。

笹尾山へ登ります。


笹尾山へと登る道。竹の杖を使って登りました。

笹尾山からの景色。
看板2 石田三成の陣跡。

これが彼の見た景色なんだね。
敗色濃くなり、自分の首を狙って大群が押し寄せる様をどう思ったんだろう。見たのかどうかは詳しくないので解りませんが…。ここには開戦時の陣形図がありまして、ちょっと見てみると、総合的な軍勢の数は西軍が多かったと記憶してます。確か三成が6,000くらいだったかと思うんですが、何が凄いって家康の軍勢です。彼だけで30,000ですよ。三河武士というか、家康の戦法は数で攻めるやり方だと聞き及んでおりますので、やっぱここでもそうなんだねと。
彼の影響力の強さを垣間見ました。

開戦の地、島津義弘の陣地跡やら小西行長さんの陣地跡やらを通りながら、次且つ最後に目指す目的地は大谷さんのお墓と陣跡です。
ここが今回の行軍最後にして最大の難所だったな…。まあここまでに2時間位はざっと歩きづめであったので余計そう感じたのでしょうけれど。

お狐の像があったよ お足元はこんなです。 やたら古いダム。 『やれ、のろま。早に来い』

お狐の像があるお庭を横に見て、お足元が最大に悪い道を超え、金田一少年の舞台になりそうなダムを越えていきます。ってかこのダムの終わりかけがすごい。まず階段の段は狭いし勾配は急。あれ?ここ道あるの?みたいなほっそい曲りを通って山道に出るんですよ。
山道も結構ある。しかも『熊、出没注意!!』って看板があって、よーく見ると熊や狐とか用の罠があちこちにあるんですよ。
鈴みたいのは持ってたし鞄に入ってたからチリチリ鳴ってたんですが、ああここで熊にあってやられたらどうしよう…とひとり不安になりつつ山道をどんどこ進む。
途中、宇喜多秀家陣跡なども通過。画像ないんですけど、イメージとしては雛見沢というか八ツ墓村というかひぐらしのなく頃にというか…このまま異次元に飛ばされちゃうんじゃないかなあといった雰囲気。結構怖いです。でもちょっと楽しい。

そして、

大谷さんのお墓。 看板3

(お墓を撮影するのもあれでしたが…)ようやく刑部のとこにたどり着きましたー。
こんなさみしい場所にぽつりと。座る場所も無かったのですがしばらくそこにじっとしておりました。義に準じた男、大谷吉継。
色々思うとこもあったんだろうな。家康とも仲良かったみたいだし、どうして西軍についたかって最大の謎とか言われているようですし。まあ当人にしかわからないとは思うんですが、彼には彼なりの正義があったのかなと思います。

大谷さんの陣跡。

すぐ近くに陣跡がありました。すぐだったかは曖昧。
ここで時間的にも、ちょっと体力的にも今回の関ヶ原ツアーは幕を閉じたのであります。

おつかれさまでした

あとは下るだけさ。
――と思ったのですがここからがまた大変。思えば大谷さん関係のとこは駅からすごく離れているのであった…。
ひたすら国道21号線を関ヶ原駅に向かって歩く、歩く、歩く……。やばい全然着かない。着く気配すら感じられない…ど、どういうことなの??途中これ開いてるのか閉まってるのか全然わからないよこわいよーみたいな喫茶店とかを横目に見てどんどこ歩くこと何十分?だったでしょうか。ようやく駅近くのコンビニを発見しまして、ほっと一息です。

だいたいこんな感じでした。行軍中は2回しかコンビニへ寄れないので、お手洗いや水分補給などはここで行わないといけませんです。
これから行く方が参考になれば幸い。西軍の要所はほとんど見れたのかな。金吾さんとこはちょっと遠くて行けなかったし、東軍のとこは回る元気が無かったんだよね…。
全部見ようと思ったら何回か来ないといけないかなと思います。歴史資料館も入ってないしね、今回は。
疲れたけどすっごい楽しかったです♪しかし真夏はお勧めしないな、涼しくなって虫とかもいなくなってきたあたりにもう1回くらいは行っておこうと思ってます。


長々とつまらない記事になってしまいましたが、ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
全然関係ありませんが、関ヶ原の隣駅は垂井です。半兵衛様の故郷です。そこも行ってみたいなーと思う今日この頃。あっ滋賀も行きたい滋賀。
安芸とかも行きたいしね。色々頑張らねば。



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